週刊女性PRIME、給食に関する記事への異論

5月2日、ニュースサイト「週刊女性PRIME」に、中学校での給食時間の短さを取り上げた記事が掲載されました。

執筆者は、「いろんな家族の形」や「PTA」などの保護者組織を多く取材・執筆している大塚玲子さん。実はPTA非会員の私。大塚さんの記事や著書はこれまでいくつも読んできました。学校問題、貧困や格差等にもお詳しい大塚さんが給食のことを書いているということで、非常に期待して読んでみました。

しかし、残念ながら、大きく期待はずれでした。いくつもの違和感があり、中学校給食の問題に取り組むものとして看過できないレベルだと思いましたので、記事内に感じた違和感や異論を書き記すことにしました。


前半は「給食の量と食べる時間の問題」について。

まずは、時間が足りなくて給食を食べきれないという話から入りますが、食べきれないのは「量が多いからでは?」という話に。

「準備が15-20分で、食べる時間は10-20分くらい。小学校のときと比べて『量』もすごく増えるので、特に1年生の子たちは、みんなヒーヒー言いながら食べています(苦笑)。中1と中3なんて体格が全然違うのに、量は同じなんですよね。配膳のときも、小学校のときの感覚でよそっていると大量に余ってしまいます」(長野県の公立中学校のH先生)

この言葉から大塚さんの憶測が始まります。

おそらく「給食費を同額徴収しているから量も同じにしなければならない」というのでしょう
全生徒を同額にしたほうが集金の手間が減るのかもしれません
そのために子どもたちに無理に多く食べさせるのだとしたら、本末転倒

給食の量は「学校給食摂取基準」に則って決められています。それによると12〜14歳の給食で必要としているエネルギーは850kcal。給食費が同じだからなのではなく、基準が同じだから中1と中3の給食の量が同じなのです。

ちなみに小学校高学年の給食のエネルギーは770kcal。小学生→中学生に上がると80kcal分量が増えます。白米なら子ども茶碗半分、りんごなら半分、ゆで卵なら一個分ほどです。

だったら小学校のように、給食費の額も学年によって差をつけたらいいのでは。

給食費が低学年、中学年、高学年で違う自治体もありますが、1〜6年生まで同額の自治体も少なくありません。相模原市も全学年統一です。これはただ単に大塚さんがご存じなかっただけなのだとは思いますが、大塚さん個人のサイトでの記事ではなく、週刊女性PRIMEというサイトに掲載している記事なのですから、編集室の中に「うちは違った」と指摘する方がいてもいいのでは?と思います。

やはり、給食の量(&給食費)を、最初から加減してもらえるとよいのですが……。  

繰り返しますが、そうなると学校給食摂取基準を年齢ごとの基準に直す必要が出てきます。もっと極端にいうと、成長期の子供たちですから身長体重別の基準が必要になるでしょう。量の問題をこの結論で締めくくることは、先生の負担をさらに増やすことになりかねません。


「給食の時間をもう少し長くしよう、という話は、職員会議で出ることがあります。ただ、ご飯のときはいいんですけれど、パンのときは業者にケースを返却する時間が決まっているらしく。そんなふうに、学校の一存で決められないところもあって……」  (H先生)
何か解決方法がありそうな気もしますが、先生たちはあまりに忙し過ぎて、やり方を変えるところまで手がまわらないのかもしれません。  (大塚さん)

食缶の返却時間が問題であるなら、給食開始時間を早めるなどの方法も考えられます。また、私たちがこれまでの活動で見聞きしてきた経験では、給食時間の延長に反対するのはだいたい先生方です。「先生たちはあまりに忙し過ぎて」とありますが、「給食時間を長くすると部活の時間が短くなる」などとおっしゃる先生もいます。もう少し、多くの先生のお話を聞いてみて欲しかったな、と感じます。



記事の後半は先生の休憩時間の話になります。

「給食の時間は先生の休憩時間ではないのか」という話題は度々目にします。

同時に「給食は食育の教材。給食は教育の一環」とも言われています。

うちの中学校の昼休みは、準備から食べ終わるまでが30~40分で、残り約15分が遊び時間。実はこのうち45分は、僕ら教員も休憩時間なんです。(H先生)

教職員がどのタイミングで休憩を取るのかは自治体ごとに異なります。放課後を休憩時間に設定している自治体もあります。休憩=昼休憩とは限りません。先生が給食を教育の一環だと思わずに「昼休憩がない」と思っているのだとしたら、それはそれでまた問題です。給食の時間を先生の昼休憩に設定している自治体はその点をよく考え直していいただきたいです。実際に先生方が休憩を取れているのかどうかと、給食は全く別の問題です。

全く別の問題を並べながら

子どもたちも、先生たちも、誰も無理をしないで過ごせる「給食タイム」を実現するにはどうすればいいのか? 

と、記事は結論に向かっていきます。

ちょっぴりヒントになりそうなのが、神奈川県の公立中学校のG先生の話です。G先生の自治体では、お弁当を注文する子もいれば、家から持参する子もいるのだそう。一見ややこしく見えますが、先生の手は全くかからないといいます。
「お弁当の注文はオンラインだし、盛り付けや配膳の手間もありません。しかもお弁当をパートの方が配ってくれるので、特に負担はないですね」(G先生)

なぜ、そこで神奈川県の選択制デリバリー方式の給食(デリ弁)をヒントにしてしまったのか。大塚さんは、選択制デリバリー方式の給食の実態をほとんどご存じないのだと思います。

「お弁当(デリ弁)をパートの方が配ってくれる」こう聞いて皆さんはどのような状況を思い浮かべますか?各教室にパートの方がデリ弁を届けてくれる姿を想像するかもしれませんが、おそらくそうではないでしょう。デリ弁を注文した生徒が各自で配膳室にデリ弁を受け取りに行くスタイルの学校でのことではないかと思います。

神奈川ではないですが、町田市の状況を詳しくレポートしてくれた町田のマチ子さんのツイートをご紹介します。

①配膳室が遠い 1年生は4階で配膳室は1階、しかも教室と対角端にあり、取りに行くのも戻しに行くのもきつい ゆとりゼロ

G先生はデリ弁を食べていないのでしょうか。G先生にとっては「特に負担はない」そうですが、「ゆとりゼロ」と感じている中学生もいることがわかります。

お弁当、という部分はまったく真似したくないですが、「配膳の人を1人入れる(雇用する)」ところくらいなら、その気になれば真似できそうです。学校が地域や保護者からボランティアを募る例もあるようです(ただし、強制前提のPTAを使わないこと)。(大塚さん)

真似したくないという「お弁当(デリ弁)」しかも選択制(おそらく利用率は高くないと思われる)だからこそ、配膳が不要でパートの方による配布で済んでいるのです。全員喫食の食缶方式の給食とは雲泥の差です。

「配膳の人を1人入れる」というのが、各クラスに1人なら先生の負担は軽減されるでしょう。しかし、給食の配膳にかかる時間は「白衣を来て手洗いをして、給食室に給食を取りに行って戻って、配膳をして。みんなで『いただきます』をするまで約10分。」と記事の冒頭にあります。そんな短時間のパートを各クラスに配置するのは難しいのではないかと思います。では、ボランティアではどうかというと、これも平日毎日となると、、、ちょっと現実的ではないような気もします。ボランティアを募っている例というのを私は存じ上げないので、検索してみましたが、ほとんどが入学直後の小学校1年生への短期の配膳ボランティアでした。


一般的な“中1の壁”は、教科担任制が始まったり、授業の内容が難しくなったり、定期テストがあったり、校則があったり…と、それまでとは環境が変わることにより起こる成績不振や心の不調等のことを言います。
見出しで『給食版“中1の壁”』とされている「給食の量と時間の問題」「給食が食べきれない問題」は、子どもたちに給食摂取基準や栄養バランスの話などをした上で、「食べられる量には個人差があること」「無理して食べなくてもいい」「新しい環境だと大人でも食欲が落ちることもある」などの話を子どもたちに伝えることができれば“壁”とは感じにくくなるのではないかと思います。そういった話をする教職員(栄養教諭)が学校に配置されているかどうかという問題なのではないでしょうか?

給食が教育の一環であることは、もしかしたらPTAが任意加入の団体であることと同じくらい教職員にも保護者にも生徒にも知られていないのかもしれません。また、デリバリー方式の給食の問題点は実際に体験・経験してみないと想像すらしづらいのだろうということも今回わかりました。

今回の大塚さんの記事は、ともすると教職員からの「給食廃止」を促しかねない内容でもあると感じました。「いろんな家族の形」についても見識の深い大塚さんなら、給食の大切さはよくお分かりだとは承知しています。しかし、ちょっと取材不足な点が否めない記事でしたし、なにしろ「選択制デリバリー方式の給食からヒントを得るなんてやめてくれ!」と強く感じましたので、生意気にも異論・反論を述べさせていただきました。

全ての子どもたちと先生方が楽しい給食時間を過ごせる日が来ることを強く願っています。

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