#相模原給食アクション 2021/05 食格差を学ぼう

今月の相模原給食アクションは、「食格差」について考えてみようと思います。

こちらは、ある本の帯を撮影したものです。


みなさんは、「子どもの食格差」について、考えたことがありますか?

「子どもの貧困」については見聞きする機会はたびたびあるかと思いますし、コロナの影響により、以前にも増して話題になっていることから、「子どもの食格差」に比べてイメージしやすいのではないかと思います。

では「食格差」とは何か。この記事で単なる貧困問題ではないと言うことを知っていただけたら、と思います。


今月、衝撃を受けたことが2つありました。

1つ目は、前回のブログに書いた、相模原市の子育て世帯向けの食支援について。

支援を必要としている人にとってわかりやすく平等な仕組みではなく、がっかりするやら憤るやら。詳しくは前回のブログをご覧ください。


2つ目は、ある相模原市の公立中学校の保護者さんから頂いた情報から受けた衝撃です。

お子さんと同じクラスに「冷凍食品が嫌い」という理由でお弁当を持ってきていない子がいる。その子は昼食の時間は何もしないでボーッと座っている。 

お子さんのクラスに昼食欠食の生徒さんがいるという情報でした。さらにその生徒さんに関して補足すると


  • 朝ごはんをたくさん食べれば放課後までもつ(部活の有無はわかりません)
  • 夜ご飯も冷凍食品の事が多い様子 

だそうです。
昼食を持参していない生徒がいることに担任の先生が気付いているのかどうかはわかりません。

相模原市は、家庭環境等により昼食を持参する事ができない事情のある生徒にはデリバリー給食の無償提供を行っていますが、支援対象となる「事情」は誰が判断するのでしょうか。市や学校が考える「事情」に当てはまらなければ、昼食欠食でもいいということなのでしょうか。理由は何であれ、昼食欠食の生徒を毎日1人も出さないことが必要ではないでしょうか。

デリバリー給食の現物支給による支援には問題があるということは私たちも以前から指摘しており、市にも問い合わせなどを行っています。 

教育委員会からは「事情があり昼食を持参していない生徒がいると学校から報告を受けた場合、当日から支援を実施できるよう対応している」と回答を得ています。市議会では「弁当を忘れた生徒にも提供している」といった内容の答弁もありました。

しかし、現実ではその対応は取られておらず、未だに昼食欠食の生徒が存在し続けているのです。


なぜ、このような事が起きてしまうのでしょうか。

それは、「食格差」について、大人の理解が乏しいからではないかと思います。

上記に挙げた2つの衝撃の1つ目は「経済的貧困」への支援です。食べるものがない家庭への支援です。経済的に困窮した家庭は情報弱者である場合も少なくありません。情報格差により食支援が受けられず、食の格差はさらに拡がる可能性があります。 

支援を必要とする家庭にどうやって情報を知らせるのか、当事者に寄り添って考える事ができたなら今回のような事は起きなかったのではないでしょうか。


2つ目の衝撃は「食べるものはあるけど食べたくない」という例。 

例に挙げた生徒のご家庭がなぜ食事に冷凍食品を多用しているのかはわかりません。子どもが冷凍食品を食べたがらない理由もわかりません。昼食時間に何もせずボーッと過ごしているという生徒の発言を言葉通りに受け止めるだけではいけない気もします。そこに何かのシグナルが隠れているのではないでしょうか。

もしかしたら「冷凍食品が嫌い」というのは何か(保護者の病気等)を隠すために言っているのかもしれません。

もしかしたら、冷凍食品を多用する親への反発かもしれません。

生徒本人がヤングケアラーであり、冷凍食品に頼ったお弁当を作らざるを得ないのかもしれません。

食格差というと、経済的貧困の問題として考えられる事がほとんどですが、経済的に裕福な家庭だとしても、食格差は存在しています。「幸福度や充足度の貧困」とでも言いましょうか。精神的に満たされていない状態であると、場合によっては「食べない」ことを選ぶ子どもがいます。それにより食格差が拡がってしまいます。

相模原市のデリバリー給食の無償提供は、その格差を縮める役割を果たせるでしょうか。多感な中学生に、かえって惨めな思いをさせる制度になっていないでしょうか。

担任の先生が昼食欠食の生徒の存在に必ず気付くことができ、状況に応じて適切な対応を取れるのならいいのですが。


もし、相模原市の中学校給食が小学校と同じような全員で食べる温かい給食だったら、食材配布を求める中学生の保護者は減るかもしれません。昼食欠食を選ぶほど冷凍食品が嫌いな子もきっと小学校の給食は食べていたでしょうから、普通の給食があれば欠食を選ぶことはしないでしょう。


ところで、WHOが定めている「健康」の定義をご存知ですか?

WHO憲章では以下のように定義しています。

「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」 
“Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not
merely the absence of disease or infirmity.” 

肉体的、精神的だけでなく、社会的に完全に良好な状態であることが健康であるということです。格差が存在している時点で「健康」とは言えないのです。

学校給食法の第2条(学校給食の目標)には

適切な栄養の摂取による健康の保持増進を図ること。

とあります。格差を生みかねない相模原市の中学校給食は学校給食法にも反していると考えられる気がします。


寄り添うことなしの支援は子どもを傷つけます。行政や政治家や首長が真に食格差を理解し、その格差を解消するために下の層になってしまっている子どもや家庭に寄り添うことができていたら、傷つく子どもは減るはずです。子どもを傷つけないために私たち大人にできることのひとつ、それは「知る」ことです。

今月の #さがみはら給食アクション は、食格差を学ぶことを提案します。行政等への働きかけではありません。

以下にいくつかの記事や書籍のリンクを掲載します。コロナの影響で学習会が開けない今、このブログを目にする皆さんに自主的、主体的に学んでもらえたら嬉しいです。 

そして、食格差について学んだ内容や感想等を、 #相模原給食アクション のタグを付けてSNSに投稿を!  


冒頭の帯はこちら↓の本についていました。

↓子どもの貧困が、子どもだけの問題でも、経済の話だけでもないということがわかります。
↓中編、後編と続きますが、前編のみリンクを貼っておきます。
↓「給食の歴史」著者の藤原辰史さんの記事。「食べない」が選択のひとつになっている選択制の問題にも言及しています。
↓“給食がない日、母が作った弁当のふたを開けると冷凍のミックスベジタブルだけが入っていた。誰にも見られないようにこっそり食べた。” 「冷凍食品が嫌い」という発言を聞いて思い出した記事です。

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